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想起される日記なるものは、小学校の絵日記レベルだったりする。
でも、あれはあれでクオリティが高いと思うのは挿絵があるからだと思わなくもない。 例え絵が下手だとしても、継続したことに意味があったり、マンネリしていそうな答えが沢山詰まっていたりするわけです。 忍者ブログとは絵日記も書けるようではないですか。 だからといって、絵日記を書く気はさらさらないのが現状、というか描けるなら書きたいよね、うん。 だから不承不承と文章オンリー日記イベントを発生させているわけです。 いいなー、絵書ける人いいなー。 まぁ、閑話休題、と。 日記とは何故書くのか。 それは後に見直す為か。 アリバイでも作る気だろうか。 後に叙述トリックだったと気づいたりと人生を少しでも面白くする為だろうか。 さて、それは人それぞれだと思う。 だからといって、それを答えにするわけにはいかず、ならば、世間一般的に言われる日記とは何か、そこについて追求してみるべきだと呈しよう。 日記とは、その一日を綴るものだというのが根本だと思われる。 しかし、それだけでは説明が不十分であり、日記には時に感情なるものも書かれている物である。 徒然草からも分かると思われる。 ということは、で日記とは、一日の出来事を通して自分が見てきたものを書くわけであろうか。 いや、否である。 説明が不十分である。 こうやってつらつらと徒事を書き連ねていけば、文量がうまる。 私が言いたい事は、なんでも最後に思う、と書けば責任逃れができるのではないかという積極的模索である。 というか、内容が頭堅すぎなのである。 PR |
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